教育問題

小学校でのプログラミング教育
学力の格差が想像以上に大きい現状を把握しているのだろうか?将来的には必要な教育であるかもしれないが次の理由で反対である。
1 学校の多忙化、授業時数問題等を考えたときにより現場に混乱をもたらす。
2 小学校では、今まで以上に算数や国語の力を伸ばすべきだ。
3 外国語活動も入ってきた。将来的にどんな日本人像を期待しているのだろうか?もっと根本的な部分を考えたい。
4 教育は、教え込むものではない。そのような環境を市町村単位で与えればよい。すべて同じにする必要はない。
5 このような教育が問題解決型学習に結び付くという短絡的な考え方はよくない。
6 同じような人間を作る、個性尊重と言われながらも個性を出すとはじき出される現状を考えるべきだ。
私は、積極的な意味で反対である。

体育について
小中学校では、勝ち負けを意識しない教育を進めているが、オリンピックのメダル獲得合戦は、子どもにどのように映るのだろうか。
根っこの部分を整理すべきだ。学校の機能とは何か?もし今の体育が適さないのなら、体育や部活動、芸術などは学校教育から排除し、社会教育に委ねるべきだ。何でも学校で…もう限界である。

体験学習の充実を
自然体験、モノづくり、自由研究、スポーツ活動…夏休みはいろいろな体験ができる。目先のことを考えて子どもを育てるのではなく、精神的にも肉体的にも強い子どもを育てたい。
私の小学生時代は、トンボとり、魚とり、宿題としての昆虫採集に明け暮れた。中学校になると不良になる暇がないくらいに部活動に専念した。部活動に参加する生徒は全員丸刈りに!納得できなかったが、顧問の先生の顔を立ててしぶしぶ了承した。少しずつ大人の世界も知ったが、ぶれなかった。高校時代は不安定、何とか大学に行ったが、勉強はしなかった。仕事についてからのほうが勉強した。あれから40年近くたったが、今の私のエネルギーの源は、小学校時代のトンボとり(メスを使ってオスを捕まえる)、注射器を買ってきて捕まえた昆虫に防腐剤を入れ、友の捕獲した昆虫と見比べて挫折した自分が今の自分の強さの源だ。
話はとぶが、体に良いからと言って、食べさせられた鯉の生き血、ゲンゴロウ、蜂の子、スズメ焼き。あれから何を得たのだろう。
体験学習の効果は目に見えないが、素晴らしいと思う。

親父と教育について語ったことはなかったが、いま生きていたら、品川の丼ものやアサクサノリを一緒に食べたい。そして、たくさん話したい。

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