教育困難校

10月20日の東洋経済オンラインに次のような配信があった。キイワードなるものを取り上げると次のようになる。

「教育困難校」…様々な背景や問題を抱えた子どもが集まり、教育活動が成立しない高校

高校という学校段階は、子どもの学力、家庭環境等の「格差」が改善される場ではなく、加速される場になってしまっているのが現実

授業開始のチャイムが鳴っても…「こらー!教室へ入れ!」座り込んで動こうとしない生徒を、腕を取って入れようとすると→「ああ、教師の暴力!」という言葉を浴びせられる。

スマホのゲームに興じているグループ、マグロのように伸びて爆睡している子、椅子の上に体育すわりになりつけまつげをつける作業に集中している子、決して教師と目を合わせない子、教室内の喧騒や教壇に立つ教師の存在を一切気にせず、自分の好きな世界に浸りきっている。

「教育困難校」では、出席は単位認定の重要なポイントなので慎重に取らなければならない。

生徒が集中できる時間は極めて短い。

授業を開始する前にスマホや携帯電話を集めて、授業時間中保管する→様々な抵抗がある

教師がおとなしい性格で、怒声を発することができない場合は、生徒のコントロールが不可能になる。

教育困難校で生徒に授業をしっかりと参加させたいと考えている教師は、非常に教材研究に熱心だ。小中学校で学んだはずの基礎知識の復習を取り組む必要がある。高校生であるがために彼らのプライドを傷つけないための配慮も必要である。

以上だが、私は36年間公立小学校に勤めていたが、授業が成立しない学級は小学校にもあった。先生方の苦労の多さも計り知れない。自分中心に考える保護者も多くなり、うまくいかない矛先は教師や学校に向く。保護者との間にも契約(誓約)が必要だと考えたときもあった。

今の教育制度の在り方を見直す時期にきている。義務教育制はよいことなのか、奨学金問題など抜本的に改革しなければならないことがあると感じている。このままだと「教育格差」はますます大きくなると思う。

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