豊かな自然の中での教育体験プログラムの充実 長野県諏訪市蓼科保養学園

平成28年11月14日発行の日本教育新聞に上記のテーマの実践校として「長野県立諏訪市立蓼科保養学園」が取り上げられた。

「蓼科保養学園」とは…年間を通して過ごしやすい気候で、美しい自然に包まれた蓼科高原(長野県茅野市)は、諏訪市内の小学校5年生の希望者が親元を離れて行う仲間との長期寄宿生活を通して、健康な体と心を育む児童福祉施設である。約100年の長い歴史を持ち、これまでの活動に加えて新たに教育・体験学習プログラムを導入し、教育施設としての活動を強化している。

同学園の歴史的な背景…蓼科保養学園は、上諏訪町立(現在は諏訪市立)高島小学校の校医小澤侃二氏が大正12年に、虚弱児の心身の鍛錬と体位の向上を目的に蓼科高原で転地保養訓練を実施したことが始まり。諏訪市に移管された昭和23年以降も、27年には児童福祉法に基づく認可を受け、虚弱児施設としての運営が続いた。時代が移り変わり、社会全体が豊かになった結果、虚弱児は減少していったが、毎日の規則正しい生活や適度な運動、日常とは違う環境で行う多くの体験活動を通して、精神的に自立し、必要な社会生活力や問題解決能力が身に付けられることから毎年多くの子どもたちが入園していた。

70日間の寄宿生活の中で、指導員らによる生活・健康指導から20人学級でのきめ細かい授業も展開できる。

実は私も小学校5年の冬期(4期)、蓼科保養学園に応募した。審査は合格したが、その当時の我が家の家計は底をついており、入園数日前に母親から入園を諦めてくれということを言われた。保養学園に支払う費用が捻出できなかったのである。私は渋々納得し、諦めたのだがそのことを私に伝えた母親も辛かったことだろうと推察する。学校に関わることで親から言われたのはその時一回だけだった。私は健康には自信があったし、体も学校の中では大きい方だった。しかし、親から離れての寄宿舎生活に憧れたのは自立心の表れだったのかもしれない。

今、教育問題が話題になるが、人々の価値観が多様化する中、公教育のあり方がとても難しい。公教育は必要最低限のことをやり、あとは子どもたちの能力や志向、家庭環境に合わせ柔軟に「子どもファースト」の環境を作るべきだと考える。また、子どもの教育に関係することは、子ども自身のこと以外で制約を受けてはいけないと思う。保養学園にかかる費用、学校での教材費等すべて公費で賄うべきだと思う。奨学金にしてもしかりである。なぜかというと、子どもの学力が家庭の経済力と相関しているという実態があるからである。

今朝、教育新聞を見て、「蓼科保養学園」という文字を目にしたとき、50数年前のことを思い出し、すぐさまペンをとった次第である。

今の子どもたちにできる行政サービスのヒントが蓼科保養学園にはあるのではないでしょうか。改めて感じます。

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