どこにでも行ける者ととどまる者 英OX大学教授苅谷氏のエッセイより

東洋経済誌の連載記事「経済を見る眼」の苅谷氏の投稿をみて勉強になったのでここに記す。

EU離脱をめぐりいろいろな議論があるが、英FT紙のデービット・グッドハート氏のエッセイで「生きる場所の選択肢と重なる学歴の違いが、EU離脱をめぐる反対派と賛成派の分断となった」という箇所に注目したい。英語で高等教育を終えた人にとって、有利な職業を獲得できるチャンスや国境を越えた移動の範囲が、私たち日本人が想像する以上に大きい。そして、それとの対比で、そのようなチャンスを持たない人々との間で大きな格差や分断が生じている。英語圏で得た高学歴の価値は、世界の「どこにでも行ける」チャンスの広がりを生み出す。それは英国の大学だけにとどまらない。英語を母語とする国々で世界ランキング上位の大学を卒業することは、それだけでグローバル人材であることの資格証明になる。こうして英語という国際語で高度な教育を受けた人々が、グローバル化の推進役になる。個人の利益を優先すれば、生まれ育った国や社会の利益とは別の行動が可能になる。個人主義の徹底である。

分断か統合か。英米でそれが深刻となるのは、国外脱出が可能な、個人の利益を優先できるグローバル人材と、とどまる者との対立が隠れているからである。日本人は、そのほとんどがとどまる者であり、経済や社会情勢が悪化した場合に国外脱出ができる「どこにでも行ける者」はごく少数である。

日本人はこのような情勢を対岸の火事だと感じているが、国際情勢を知るうえで、今後は更にグローバルな視点で考え、国際社会に対しての自分たちの位置及び対応策を考える必要がある。世界は大きく変わりつつあることを認識しなければならない。関連して、フランスの大統領選もこれからの世界情勢を考える上で注目しなければならない。

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