テレビコマーシャル撮影の現場体験談

東久留米の稲門会より原稿依頼を受け、下記のような体験談を書いた。

「バスケが好きだ、いや、愛してる!」

―テレビコマーシャル体験―

2008年大学院スポーツ科学研究科修了 有賀 千歳

11月中旬のある日、予てから登録してあるS社の人から「バスケのコマーシャルが企画されているがオーディションを受けてみませんか?」という誘いがあった。その時は、以前経験した車いすのバスケのコーチ役かなと思った。たまたまオーディション予定日が空いていたのでバスケのできる支度をして、新宿の某ビルの屋上にあるバスケットコートに向かった。会場に着くとスタッフの男性が声をかけてくれた。「有賀さんですね。聞いています。スタッフが揃うまでバスケコートでアップしください。」早速、更衣室でバスケのできる支度をし、コートの横で会社から支給されたアンダーアーマーのバッシュを履いて順番を待った。 コートには私と同年齢くらいの男性がハーハーいいながらバスケの1対1をしていた。そのうちに私の順番になった。先ずは、右からのドライブ、次にフェイクを入れてくれと言われた。次はアリュープ、空中でのフォローアップシュートのことだ。タイミングを合わせるのが難しい。最後に190cmくらいある人との1対1。どうも彼はBリーグ選手らしい。思ったより緊張はしなかったが、相手は流石にプロ。必死になり色々なプレイを駆使して挑戦したが、クリーンシュートは決められなかった。失敗しても落胆することはなかった。「有賀さん、もういいですよ。」スタッフのその言葉でオーディションは終了した。「お疲れさまでした。結果はまた後で連絡します。」と言われた。帰り支度をして帰るとき、私と同じようにオーディションに参加する人とすれ違った。「オーディションの時間をずらしているのだ。一体何人ぐらいが受けているのだろうか?今回は、コーチ役ではなく、プレーヤー役だったのだ。」少々当ては外れたが、今の年齢からして最善は尽くしたと思い、会場を後にした。屋上から下りエレベーターに乗る直前に、一人のスタッフが、駆け寄ってきて「有賀さん、なかなか良かったですよ。」と言ってくれた。

約1週間後に審査結果のメールがきた。自信は全くなかったが、合格通知だった。S社のCMだという。家族に話したら爆笑された。「白い犬の役かもよ」…「それは言い過ぎだろう。」と言い返したが、まんざらいやでもなかった。

11月27日、オーディションと同じ会場でスタッフ、出演者の顔合わせと撮影のための練習があった。午後からだった。出演者の方は仕事をしているらしく、全員は揃わなかった。出演者の足りない箇所は、制作会社の人が入っての撮影のための練習が始まった。私の役は「昭和風のラーメン屋のおやじ」であった。

シナリオは以下の通りである。「S谷のセンター街、主人公はサラリーマン。夜遅く歩いているとバスケをやっている若者グループに出会う。その中に自分の娘がいた。こんなに夜遅く、しかもこんなところで…サラリーマンは、若者たちにバスケの対決を挑む。1対1でコテンパンに負け、ノーマークで決めたつもりのシュートも見事ブロックされる。路上に倒れているところにおっさん4人が集まる。フリーター(麒麟の田村氏…お笑い芸人)、電気屋(タレント)、ラーメン屋のおやじ(私)、IT会社社長(岩手県のバスケスクールの指導者)。いずれも元はバスケの達人。勝って調子に乗る若者たちにおっさん5人がバスケの試合を挑む。5人はNBA選手並みのテクニックを駆使し、最後は若者相手にダンクシュートを決めて勝つ。そして、若者たちと和解。”バスケが好きだ、愛している”をお互いに声をかけ、おっさんたちは仕事場に戻る。」そのような内容である。「S社はバスケットボールを支援していますよ。」が最後のS社からのメッセージ。

事前練習は、シナリオの沿っての部分練習。ピック&ロールを仕掛ける部分、ヘルプディフェンス、スクリーンアウト、ノールックパス、ドライブからのステップインシュートなどでした。私は、緊張していたためかあまり疲れなかった。撮影は、その日の夜中にS谷センター街で行われるといわれた。メイクや衣装を決めるので0時30分にH宿のスタジオに来てくれと言われた。夜中撮影するので、仮眠をとりに一度自宅に戻ることにした。

その日の夜の11時30分過ぎ自宅を出てスタジオに向かった。H宿駅の改札から15分歩いたところにスタジオがあった。中に入ると他の出演者のメイクが始まっていた。「麒麟の田村がいる!」練習には来なかったがフリーター役で出るようだ。私のメイクが始まった。「昭和風のつけ麺屋のおやじというイメージかな!」私のメイク担当者に責任者であるだろうリーダー格の男性がアドバイスした。「顔は黒く、脂ぎった感じに。ほうれい線を濃くして老けさせてくれ。」私の顔はどんどん変化して本物のラーメン屋のおやじに変化していった。最終チェックはリーダー格の男性が行い、3か所から写真を撮られた。これは撮影時のメイク直しの時の参考にするのだそうだ。衣装はいたって簡単だった。厚手の白いハチマキ、黒の長袖のTシャツの上に半袖のTシャツを着て、ゆったりとした黒いズボン、商標の入った紺色のエプロン。それらはみなスタジオにサイズ別にあった。足りない場合は買いに行くそうである。支度が終了して、お弁当を頂き、タクシーに乗り、S谷センター街に着いたのは午前2時。いよいよ撮影開始だ。S谷の街は夜中でも若者が溢れている。通行人に協力を求めて撮影が始まった。エキストラも100人程度いた。カメラマン、監督、ディレクター、音響の人すべての人は拘りが強く、自分が納得するまで繰り返し撮り直す。一場面数回で終了なんてとてもあり得ない。撮影で合意形成が得られないときは、20分、30分平気で中断する。寒い外で待機したり、待機所として借りていたカラオケボックスで休んだりしながら撮影が終了する早朝まで時間は長く感じた。始発電車が走るころセンター街での撮影は終了したが、まだ戻ってくる可能性があるという。

その日の午後、神奈川にあるスタジオで撮影の続きを行うといわれた。いったん自宅に戻ると休養する時間がないからという理由でホテルに連れていかれた。ホテルで約3時間仮眠をとった後、スタジオに移動した。移動時間は1時間、スタジオに着いたのは13時を回っていた。スタジオで食事を頂いた後、スタジオでの撮影が始まった。スタジオには何でもあった。バスケットゴールも作られていた。できるだけCGを使わず演技させないと真の迫力が出ないということで、何度も同じことをさせられる。完璧なプレイ技術を求められると言った方がよいのかもしれない。スタッフも演技者も追い込まれる。夜中の12時までに終わらなかったら、またS谷のセンター街に戻ると言われた。最後のダンクシュートの場面は何回やったかわからなかった。主役のサラリーマンの手は切れ、針を打っての演技続行だった。疲れてくるとジャンプもできなくなる。みなへとへとになりながらも励ましあい続けた。夜中の12時前にすべてが終了した。

今回の体験を通して、CMの世界の一部を知った。どんな仕事も半端な気持ちではできないことを改めて感じた。次回もチャンスがあったら、いろいろな役に挑戦したい。

今回のCMは、ユーチューブで見られます、「We love this game」と検索してください。

地上波でもフジテレビ等で流れることがあるそうです。今年の12月まで放映されるそうです。

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