雑司ヶ谷七福神めぐり

1月6日、稲門会の東海さんが企画する七福神めぐりに参加した。知っているようで知らない七福神、これを機会に学習をしようと思った。

七福神とは…福をもたらすとして日本で信仰されている7柱の神である。一般的には「恵比寿、大黒天、福禄寿、毘沙門天、布袋、寿老人、弁財天」とされており、それぞれがヒンズー教、仏教、道教、神道などの背景を持つ。

インドのヒンズー教の神である大黒を台所の神として祀ることは、最澄が比叡山で始めたことにより民間に広まったといわれている。これが日本の土着信仰の恵比寿とセットで信仰されるようになった歴史的な経緯はよくわかっていない。平安時代以降、京都の鞍馬の毘沙門信仰から始まった「毘沙門天を恵比寿・大黒に加え、三神」として信仰されることが起こった。(初期の恵比寿は、毘沙門天を本地とすると考えられていた。)

この三神セットのパターンは、かなり後まで一般的だったが、平安末期~鎌倉初期の頃、近江の竹生島の弁天信仰が盛んになると、「恵比寿・大黒・弁才天」とするケースも増えていった。

室町時代、仏教の布袋、道教の福禄寿・寿老人なども中国から入ってきて知られるようになり、7柱の七福神ができたのは、室町時代の末期、近畿地方から始まったといわれている。この頃は、銀閣寺に代表される東山文化の時代、中国の文化に影響され、水墨画が多く描かれた。もてはやされた画題は「竹林七賢人図」この絵を見立てて、人々は別々に信仰されていた7つの福の神を集めて七福神とした。当初はメンバーが一定ではなかった。江戸時代にはほぼ現在の顔ぶれに定まった。寿老人と福禄寿は南極老人星の化身とされることから二者は同一の者とみなし、寿老人の代わりに吉祥天等が入れられることがある。雑司ヶ谷七福神はこれに当たる。

恵比寿:イザナミノミコトの子ども蛭子、大漁追福、商売繁盛、五穀豊穣をもたらす、唯一の日本古来の神

大黒天:インドのヒンズー教のシバ神化身マハーカーラ神、食物・財福を司る神。親子関係から恵比寿と並んで描かれることが多い。

毘沙門天:元はインドのヒンズー教のクベーラ神。福徳増進の神。

弁財天(弁才天):唯一の紅一点。インドのヒンズー教の女神。音楽・弁財・財福・知恵の徳のある天女。

福禄寿:道教の宋の道士天南星、寿老人と同一神とされることもある。長寿と福禄をもたらす。

寿老人:道教の神で南極星の化身。白鬚明神とされることもある。

布袋:唐の末期の明州に実在したと言われる仏教の禅僧。太っておおらかな風貌が好まれ、手にした袋から財を出してくれる。弥勒菩薩の化身とも言われている。

吉祥天:仏教の守護神。父は、徳叉迦。母は鬼子母神、父は毘沙門天とする。吉祥とは繁栄、幸運を意味し、幸福・美・富を顕す神。美女の代名詞として尊敬を集め、金光明経から前科に対する謝罪の念や五穀豊穣でも崇拝されている。

<今回の行程>

東久留米から有楽町線に乗り、護国寺で降りた。七福神めぐりの前に護国寺の大隈重信の墓を見ることにした。

その後、吉祥天に行った。

 吉祥天の後、恵比寿神、毘沙門天、大黒天、弁財天、布袋尊、福禄寿を回った。予想以上に時間がかからなく、池袋で打ち上げをして解散した。  

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